きょうと『現代の名工』作品展を開催!
きょうと『現代の名工』作品展の各作品を解説します。
作品展一覧
№1 作品名「ゆれる街並み」作者 荒木俊成
職種 建築塗装(株式会社 ARACO 代表取締役)
受賞 平成21年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
高い塗装技術で美術的な装飾を施すデコラティブ・ペインティングの分野には、大きく3つの種類があります。木目や大理石などを本物そっくりに描く疑似仕上げ(フォーフィニッシュ)、長年使いこんだかのようなアンティークな風合いを出すエージング仕上げ、そして美術的な表現で様々な演出を行うアート仕上げ。今回はそのアート仕上げのなかでも特殊とされる、トリックアートの技法で作品をつくりました。すぐにわからないと思いますが、実は発砲スチロールを組み上げたものに塗装をしています。このように、元の素材を別のもののように見せるというのもデコラティブ・ペイントの特徴であり、近年においては、あらゆる分野で必要とされる欠かせない技法となりつつあります。
「35年ほど前にこの分野のことを知り、始めました。当時、デコラティブ・ペイントができる業者は関東に多くあったものの、関西にはほとんどありませんでした。手本になるものも少なく、高度な塗装技術が必要であるうえに、アート的なセンスも求められます」
アートと言っても、時間をかけて仕上げる絵画などと違い、耐久性や安全性を踏まえた建材として施工していく職人の技になります。例えば、橋の欄干に木目を塗装する場合、人が触れたり雨風に晒されたりしても容易に剥がれない丈夫さを備えた塗料が求められます。絵を描くためのものではないため、乾きも早いという特性に注意しながら手早く確実に仕上げる必要があります。
荒木氏は後継の育成にも尽力しています。高い技能を身につければ、それだけ付加価値の高い仕事に応じることもできる。若い人にはぜひとも、より高みを目指して挑戦してほしいと荒木氏は話します。
№2 作品名「武将兜雛形」 作者 桶本忠弘
職種 建築板金(京都建装株式会社 相談役)
受賞 昭和63年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
平成11年度 現代の名工(厚生労働大臣表彰受賞者)
板金(切って曲げる)と鍛金(金槌で打つことで形を変えていく)の技術を使って製作しています。主に細かい加工をしやすい銅板を使い、金色のところは黄銅(銅と亜鉛の合金で真鍮とも呼ばれる)を用いています。本物そっくりですが、サイズは実寸ではなく、飾り物として少し小ぶりに仕上げています。
「戦国武将の兜については本物の資料などをもとにしているものの、今回製作した明智光秀のものはデータがあまりなく、細かい部分は想像力を働かせながら独自のアイデアを盛り込んで作りました」
建築板金で有名なのは、寺院などに見られる銅板葺きの屋根などですが、何十年も経て綺麗につく緑青を、あえて薬品でつけるという難しい技を求められることもあります。近年は排気ガスなどの影響で綺麗に緑青がつく前に傷んでしまう場合が多く、素材もステンレスに銅めっきを施した建材を使うことが多くなっています。
材質が変われば少しずつ技術も変わっていきます。実際の施工には加工された既製品を使う場面が多いそうですが、それだけではできない施工もあり、やはり伝統的な手法の板金技術はこれからも必要だと桶本氏は話します。
No.3 作品名「飾棚(京指物)」 作者 井口明夫
職種 家具製造(井口木工所 代表)
受賞 平成6年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
木の目を活かしたケヤキ材を使い、ホゾや継ぎ手などで木と木を組み合わせて作る「指物」の技法で製作しています。書をたしなむ方のための飾棚で、後方に筆を掛ける金物を付け、全体に漆塗りを施して上品に仕上げられています。漆は木を保護する役目も果たします。
この仕事は、木を加工して綺麗に組み上げる精度の高い技術が必要であることはもちろん、難しいとされるのは材料選びだそうです。切った木材でも乾燥の程度などにより、時間が経つにつれて生き物のように「動く」といいます。木の目(柾目や板目)によっては、反り返ったり、伸び縮みしたりします。
「木材は岐阜や大阪で仕入れることが多いです。現地で見て、動くかどうかを見極めるのが難しい。この仕事を50年以上していますが、見極めることができるようになったのはここ10年くらい。材木屋さんからも貴重なアドバイスをもらいながら木を選びます。国内はもちろん、外国からも買い付けにくるので、入札で手に入れます」
山形県は鳥海山のふもとに太古の噴火で埋まっていた神代欅を手に入れたそうです。こういった木は湿り方にムラがあったりして、掘り出してからどれくらい動くかがポイント。貴重な材はとりあえず手に入れてから、さて何に使うかと考えるのも楽しみだそうです。
№4 作品名 「男児祝着と頭巾」 作者 小森達男
職種 和服仕立(小森和裁研修塾 塾長)
受賞 平成13年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
平成25年度 現代の名工(厚生労働大臣表彰受賞者)
今回の産着は3歳までを想定していますが、仕立て直すことで5歳でも使え、さらに羽織・袴を加えれば7歳まで使うこともできるそうです。しかし、現在、着物は海外縫製の既製品がほとんどであり、一般の方が誂えを注文することはほとんどなくなってしまいました。海外縫製も年々質は良くなっており、分業化して効率をあげることで価格も抑えられています。ただ、効率化して縫製するためにも、技能者による指導は欠かせないだろうと小森氏は言います。
「私どもは伝統的に地の目(繊維の目)を見て仕立てることに細心の注意を払いますが、最近はあまり繊維の目を気にせず断ったりするようです。きちんと地の目を見て仕上げたものの美しさは衣桁に吊ったときにわかりますし、着心地にも違いが出ます」
個別の要望に応える「誂え」の分野では、例えば座ったときの柄がどの位置にくるか、舞妓さんなどの場合は踊りやすいように裾綿の大きさを調整するといったことを考慮する必要があります。そのためには、分業ではなくひととおり仕上げる技能が求められます。小森氏が塾長を務める小森和裁研修塾で学んだ卒業生は、およそその技能を活かした職に就くとのこと。近年は、例えば帯専門に自宅で仕事をするといったスタイルを採るなど、働き方も多様化しているそうです。
№5 作品名 「上和菓子 四季彩」作者 將野義雄
職種 生菓子製造(京菓子司 二葉軒)
受賞 平成17年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
平成27年度 現代の名工(厚生労働大臣表彰受賞者)
お団子や草餅など、作ったその日のうちに食べるよう作られたものを「朝生菓子」と言いますが、作品に出しているのは「上生菓子」で、数日間はおいしくいただけるものです。お茶席に出されたり、婚礼などの祝い事や棟上げの際に贈られたりと、人生の節目を飾るのにも欠かせない生活文化のひとつとして発展してきました。今回は持ち前の技と工夫を活かして、四季の彩りを表現しています。
「定番の同じものを作り続けるなら、一定期間練習すればできるようになります。ただ、上生菓子を人様に出すならば、技術だけではなく、職人としての勘やセンスといったものが必要なんだろうなと思います」
もともと家業としての和菓子店を継ぐかどうかも考えないうちにアルバイトとしてある店に入ったのがきっかけだったそうですが、本格的にこの世界にのめり込んだのは、「工芸菓子」に魅せられてからのことだと言います。日本でも指折りの工芸菓子職人のもとに住み込みで修業に入り、その後様々な偶然も重なって、菓子界のオリンピックともいわれる全国菓子大博覧会に3回出場、平成29年の三重大会では功績を買われ審査員に選ばれることとなりました。
「手の内は見せないというのが、この世界には多く見られますが、私には技術を残したいという気持ちが強くあります。だから若い人に教えてほしいと請われれば、できる限り教えたいと思います」
近年は、子供たちにも和菓子を知ってもらおうと、体験教室に積極的に取り組んでおられます。
№6 作品名 「お釜と擬板」 作者 佐伯 護
職種 左官(佐伯左官工業 )
受賞 平成22年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
「これでご飯を炊いたら、美味しいですよ。ほかにも漆喰でピザ釜作って焼いたことがあります。焼きたてはほんまにうまいです」
今回の作品は飾り物として作ったものですが、実際は1合炊き程度の大きさで、かなり実用的だとのことです。風炉の部分は漆喰でできています。その下に敷くものとして、古木を模した擬板をセメントで作りました。擬板は、公園のベンチなどによく見られるものです。この作品からも想像できるように、一口に左官業と言っても、土・漆喰を使ったり、近代的な建物ではセメントを扱ったりと、かなり幅広い業種であることがわかります。
「だいたいの業者は、土専門とかセメント専門という形で分かれることが多いです。私みたいにどちらもできる業者もあります。かつては外壁、内壁、土間はもちろん、おくどさん(かまど)も左官の仕事でした。今では、レンガ・ブロック・タイル・塗装など、使う建材ごとに業者も分かれてきました」
左官の道具といえば鏝ですが、最近は鍛造で作ったいい鏝があまりなく、若い人はネットで古き良きものを手に入れたりするそうです。材料の土も京都には聚楽土などがあって恵まれていましたが、仕入れ先の土屋さんや建材店も今ではごく限られているとのこと。壁や床を鏝で継ぎ目なく均一に仕上げていくのが左官の腕の見せ所ですが、一方で今回の作品のようにモノを成形するというのは、あまり仕事で出てきません。少し前に、「岩をつくってみよう」ということで組合の仲間を引き連れ、当名工展で別に出展している塗装職種の荒木氏のところにロックワーク(岩の造形)を習いに行ったそうです。左官職人の発想では、材を足していきながら成形していくことになりがちだそうですが、そこではマイナスの発想、荒っぽく削り取りながら次第に自然な岩の形が出来上がっていくのを目の当たりにして驚いたと言います。今後もいろいろな可能性を追求していきたいとのことです。
№7 作品名 「coteri(コテリ)」 作者 太田保夫
職種 畳製作(有限会社 太田畳店)
受賞 平成22年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
「フローリングなどの床の上に敷いて、赤ちゃんが安心して”こてり”と寝てしまうような気持ちのいい敷物として、子育て中のお母さん方の意見をもとに商品開発をしました」
その名も『coteri(コテリ)』。寺院などで使用する有職畳「拝敷」を応用したものです。通常は畳のござと紋縁で作成するのですが、「乳幼児用なので綿などを入れて柔らかく、縁にも綿を入れてふっくらと盛り上げ、布地は『倭錦』など金襴豪華なものを!」と提案したところ、お母さんたちからは「柔らかすぎてもダメ!乳幼児に金襴を使うのもダメ!」と指摘を受け、話し合いの結果、畳表は安心安全の熊本産「ひのみどり表」、芯材にはクッションフロアの素材、縁は西陣織の織元と共同開発で独自に織ってもらった人気のレモン柄やチェリー柄を採用、乳幼児がつまずくことのないようにフラットに仕上げました。
「京畳」の伝統技術を受け継ぐ畳の職人として、これまで国産の材料にこだわり続けてきましたが、材料の提供元が次々と廃業していくなか、素材の変化に対応するとともに顧客の新しいニーズにも応えていくスタイルに変えたとのことです。近年はイグサの代わりに和紙などを素材にした畳表も増えています。天然のイグサには、室内の空気を浄化する作用や経年変化で独特の風合いが出てくるなど、利点は多いと言います。材や製法にはこだわりを持ちつつも、時代の流れに柔軟に対応していく、そんな畳づくりを目指して今後もしっかりと取り組んでいきたいとのことです。
№8 作品名 「実印・銀行印・認印セットと石印」作者 前川幸夫
職種 印章彫刻(株式会社 前川誠意堂 代表取締役)
受賞 令和2年度 現代の名工(厚生労働大臣表彰受賞者)
遼寧石を使った印の印影に付されている「五風仿刻」の「五風」は雅号で、「仿刻」は原印に似せて彫るという意味となります。原印そのものをそっくりにつくる模刻とは異なり、自分なりのデザインを入れた作品です。
また、実印・銀行印・認印の印章(はんこ本体のこと)に使われているのはオランダ水牛の角です。材質の硬さによって、道具や工法は変わります。
「良いもの、美しいものをつくることを念頭に置いています。昔の人の作品は印影が残っており、とても参考になります。書と同様、字のバランスをとるのが難しく、画数の多い字よりも余白の多い字のほうが意外に難しい。印影にしたときの美しさを追求する意味では、オリジナルの要素を入れる余地は多分にあります。」
デジタル時代となり、脱はんこが叫ばれる中、唯一無二の印章を手彫りでつくる文化は残してほしいと前川氏は言います。
№9 作品名 「最後の晩餐」作者 山口昌行
職種 内装仕上(株式会社 室内装飾ヤマグチ 代表)
受賞 平成26年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
この作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチの壁画「最後の晩餐」を13枚の和紙に分割印刷し、壁装の技術を使い、貼り合わせることによって製作しています。よく見ると、壁面には波打つような細かい凹凸があり、浮き上がったり、しわになったりしないよう丁寧に貼られていることがわかります。また、バックライトを設け、背面の木枠で「京」の文字をあしらったシルエットがほんのりと浮かび上がるような演出がなされ、素敵なインテリア手法としての新たな提案を盛り込んだ作品となっています。
「新しい試みと言っても、基本は伝統的な技術を使っています。こういったでこぼこの面に貼る場合には、どうしてもしわを逃がすために分割して貼る必要があります。その際には左下から右前に貼っていくのが基本。例えば、上から貼っていくと下の紙が上の紙の手前になることで、降ってきた細かい埃が積もることになります。また、1枚目を貼るときから、7番の絵の部分がちょうど真ん中に来ることを想定しておかないと失敗してしまいます。全体のバランスをうまく取るのが特に腕の見せ所です」
印刷業者と共同で取り組むことで、プリント技術も飛躍的に発展しています。それをさらに凹凸のある壁面に貼ることで立体的な印影がかもしだされ、より深みのある作品に仕上がるとのことです。
№10作品名 「ポワソン・ダブリル」 作者 井上敦子
~Poisson d’Avril フランス版エイプリルフール~
職種 洋菓子製造(グラースセゾン洋菓子店)
受賞 平成24年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
「私、チョコレートバカなんです」
これから作品に使おうというチョコレートの型が所狭しと並ぶテーブルを前に、井上氏はそう言いました。フランス、スイス、ドイツ…。ヨーロッパの国々の名前が次々と出てきます。これらはほんの一部で、ヨーロッパに行くたびに手に入れた型が、別の部屋にごった返しているとか。なかでも金属製の型の精緻な細工の内面がきらきらする様子は、確かに欧州貴族の煌びやかさを思わせます。
20代で修行に入った老舗洋菓子店の計らいで、スイスにあるリッチモンド製菓学校に1年間学ぶこととなりました。大きな一枚板のチョコレートを切ることから一日は始まり、それはかなりの力仕事だったと言います。様々な国から生徒が集まっていましたが、用語を中心に必要な会話にはさほど困らなかったそうです。そこでの厳しさには男も女もありませんでした。しかし、持ち前の負けず嫌いが幸いしたのでしょうか。大きなつまずきもなく、有意義な経験だったと振り返ります。
「型を使うのは、簡単そうに見えて実はとても難しい。温度調整を少しでも間違うと艶やかなチョコレートにならない。チョコレートの温度、部屋の温度、さらに「作り手の気持ち」の3つが揃ってないと、うまくいかないように思います」
井上氏はヨーロッパ仕込みの包装(ラッピング)技術にも力を入れています。ただ作るだけではなく、お客様が受け取ってどう感じてくれるのかを想像しながら、商品を手渡すその瞬間まで手間を惜しまないスタイルを、これからも続けるとのことです。
№11 作品名 「防災瓦葺の納まり」 作者 光本大助
職種 かわらぶき(光本瓦店有限会社 代表取締役)
受賞 平成27年度 京都府の現代の名工(京都府優秀技能者表彰受賞者)
令和2年度 現代の名工(厚生労働大臣表彰受賞者)
阪神・淡路大震災で瓦は落ちる、瓦屋根は重いといったイメージが先行してしまいました。当時、確かに古い家屋では屋根に重い土を載せたうえで瓦を葺くというものがあり、また瓦も固定されていないため、地震で瓦が落ちてしまう映像が取り上げられたりしました。昔の人に言わせれば、地震のときこそ瓦を落として屋根を軽くし、建物を守るのだという考えもあったようです。
対策を迫られた業界では、そこかしこで、耐震施工のための試行錯誤が行われました。光本氏もその一人で、今でいう「ガイドライン工法」の確立に大きく貢献しました。光本氏は、従来からある具材で十分な耐震性、具体的には重力加速度3Gに耐えうる補強ができるかを検討しました。例えば、棟部(瓦屋根の頂上部分)の補強には、従来からある銅製の「ともえ釘」(巴瓦を固定する長い釘)を改良して冠瓦を固定、揺れるときには柔軟に揺れを吸収しながら止まれば元に戻るというのを実証実験により証明しました。今回の作品はミニチュアなものですが、逆さにしたり、引っ張ったりというのは実際の実験と同じ方法だそうです。ガイドライン工法は、震度7にも耐えうるほか、近年被害が増えつつある巨大台風でも瓦が飛ぶことのない施工技術として注目されています。
武庫川女子大学 建築学部 景観建築スタジオ東館
設計・監理:武庫川女子大学 建築・都市デザインスタジオ(一級建築士事務所)
瓦の需要は減少しつつあると言われますが、瓦屋根を施工する場合には、より美的なこだわりの強い要求に応えることも必要になってきています。古い寺社での葺き替えにおいては、経年による自然な風合いを維持することが求められたりします。光本氏が最近施工した事例では、武庫川女子大学の校舎に10色の瓦をバランスよく配置して仕上げた屋根があります。その厳しい要件に応えるべく、瓦の製造元とともに苦労したとのことですが、その出来映えは確かに素晴らしいの一言です。